みなさん新年明けましておめでとうございます。
☆1つの記事が長くなりそうなので・・・教育におけるICTの①としたいと思います。
この記事のタイトルでは、本当に広く都道府県・市町村を越えて意見交換・情報収集したいと思っています。
via shien.bloggers-network283.com
拝読して今のところ、ポイントが霧の中な状況なのですが、いくつか思いついたことを書きます。ヴィヴィ様がこれから展開したかった議論に対して的外れになってしまっていたら(空気読んでなかったらw)申し訳ありません。
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「教育におけるICT」。。ウチの子は、けっこう離れたところにある小学校に電車通学しています。昨年の3.11のとき、しばらく安否がわからず、心配しました。実際は、何時間かメールが遅延しましたが同級生のお母さんから携帯にメールが入り、その子の家にあずかってもらっていることがわかりました。震災ではtwitterが活躍したとかいわれていましたが結局メール頼りでした。
というわけで、有事の際の学校の状況の把握の精度や個々人の安否確認の確実性を、「教育におけるICT」で高めてほしいです。すごく安直にいってしまえば、アナログな緊急連絡網を技術により発展させたもの? とでもいいましょうか。。(有事ですから個人情報云々とはいってられないと思うのです)
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もちろんウチの子は小学生ですし学校に携帯持ち込み禁止です。聞いたところでは先生も、マナーモードあるいは電源を切って自分の鞄にしのばせているとのことです。(そりゃそうですよね、先生が率先して校内で携帯つかってたら示しがつかないでしょうから。。)
そのような「原始的な状態」(笑)でタブレットやスマホを想定した「教育におけるICT」を展開していけるのだろうか、という素朴な疑問があります。未来は、子供たちも先生も一人一台スマホを持って授業を受けるような感じになるのでしょうか。
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私の時代と比べて、子供らがどんどん生活の「知恵」がなくなっているように思います。具体的にいうと子供の時代に絶対的な読書量をまったく確保できなくなっているようにみえます。(ちなみに、同じことを私たちの世代も上からいわれてきました(笑))
私はデジタルネイティブの上の世代ですので、人間が「知恵」をつけるためには読書*リアルな経験が絶対に必要だと思っており、この考え方はもう死ぬまで変わらないと思います。
その「読書*リアルな経験」は意識してその時間を確保しなければなりません。あるいは、子供はオトナよりも判断力や自己節制力がないので、オトナがその時間を確保「してあげる」必要があると思います。もっといえばそれが教育ではないか、と。
で、上述した「校内では携帯禁止」というのは、「聖域」がデジタルに侵食されるのを恐れる学校側の抵抗の顕著な例なのだと思うのですよね。そういうツールが学校に入ってくると「子供がバカになる」(極端にいえば、ですよ)と頑なに信じている人達がいる。
すみません、まとめると、教育の現場に「ICT」がどんどん入ってくると子供たちが「知識」ではなく「知恵」をつける土壌が侵食されてしまうのではないか、と、個人的には私は思っていますし、そう思っている親や教育関係者は多いのではないでしょうか。
というわけなので、「教育におけるICT」というのは、子供たちがいかに効率的に「知識」をつけるか、というポイントに特化して発展してゆけばよいのではないかと、今書いていて思いました。
そのひとつの例だと思うのですが、僕らが若い頃、予備校ではサテライト授業が行われるようになり、たとえば東京の本部での有名講師の授業を、ほぼリアルタイムで田舎の分校で聴講できるようになってきました。あれは子供心に「すげえ!」と思いましたね。
。。ほとんど、ただのど素人の読者の意見になってしまいました。。すみません。


朝之丞です。
[お題]に対しての記事エントリありがとうございます!
>拝読して今のところ、ポイントが霧の中な状況なのですが、
現在、ヴィヴィさんに、確認中ですので
投稿情報: 朝之丞 | 2012/01/09 18:15